産業に、社会に変革をもたらし、人類の根幹をも揺さぶる。可能性は計り知れないが、原理は未解明。低温プラズマは、そんな唯一の学術分野

研究者・堀勝

研究者人生を変えた、ある実験

およそ40年に及ぶ自身の低温プラズマ研究キャリアのうち、堀教授は30年近くを半導体超微細加工に関する研究に費やしてきた。医療分野への応用の可能性は当然理解していたが、長らく「自分で研究するまでもないと思っていた」と言う。プラズマ照射によって発生する強い紫外線や活性酸素にさらされれば、がん細胞は死滅して当然だからだ。だが、実験は人によって違ったデータが出ることがある。「念のため」と2011年に行った実験の驚くべき結果が、後の研究人生を変えた。
「予測通りがん細胞は死んだ。ところが、正常細胞は生きたままだったのです」
半導体加工でも重要となるプラズマの“選択性”が、生体に対しても発揮されていた。なぜだ? 突き止めたい。医学系研究科と連携し、最も治療困難とされる卵巣がんを対象として研究に本腰を入れた。結果、通常の卵巣がん細胞ばかりか、抗がん剤耐性を持ち転移するがん細胞までも選択的に死滅させることに成功。さらには、プラズマを照射した“プラズマ活性培養液”を作製し細胞に注入した場合でも、同様の効果が得られた。
「直接照射でも、溶液への照射でも効果があるという、世界初の、しかも多方面への可能性の広がりが期待される成果でありながら、当初は学会でも疑う声ばかりだった」
と堀教授は笑う。
その後、研究対象を農業や水産の分野へと拡大したのは当然の流れだろう。成長が早く旨み成分の多いチョウザメ。可食部の重量が大きいイネ。渋味は少なくて甘味が強く、おまけに抗酸化作用のあるイチゴ。プラズマによる付加価値の高い農水産物生産の研究が、現在も進行している。

低温プラズマの可能性

異分野の融合が
限界を突き破る

堀教授はかつて企業に勤め、プラズマによる半導体加工の特許技術を開発した。今や身近なスマートフォンの製造に不可欠な技術の、基礎を築いた一人と言える。そんな人物が率いる名大の研究チームだからこそ、医療・バイオの領域でも成果を挙げることができた。長年培ってきた、半導体とプラズマとの相互作用を原子・分子オーダーで計測・制御する技術が、複雑なメカニズムを持つ生体への確実なアプローチを可能としたのだ。
「半導体と医療、両極端にある学問領域の融合が、低温プラズマ科学を進化・深化させた。そればかりかこの融合によって、新たな学術領域が生まれようとしています」
例えば、半導体製造の微細加工は物理的限界が近づいていて、何らかのブレイクスルーがなければこれ以上の小型化は望めない。そこで生体に目を向けてみる。生物のDNAは刺激によって自発的に反応を起こし、ミクロの世界で寸分の狂いなく転写を行う。このDNAのようなふるまいをプラズマによって半導体にも引き起こせれば、限界を突破できるはずだ。この“プログラムプロセッシング”はほんの一例で、さまざまな学問を横断し融合する可能性は無数にある。それがプラズマの特長だと堀教授は言う。

低温プラズマがもたらす未来

世の中を変える可能性に心躍る

融合領域の創出と、それによる技術の進化・深化によりプラズマの実用化が進めば、命に関わる重大な病も低リスクで確実に治療でき、人は意義ある活動に寿命の多くを費やせる。プラズマによる殺菌や滅菌によって新興感染症の拡大を防ぎ、パンデミックを回避する可能性もある。環境を汚染せず栄養価の高い食糧を生産でき、地球規模の問題が解決へと近づく。コンピュータが意識されないほど小型で高速になり、AIの普及が一気に進む。高機能の多様な新材料が、暮らしや産業をいっそう快適で効率のよいものにする――そんな未来が到来するだろう。
「人類の生活は、狩猟から農耕への変化や科学技術の発展によって豊かになり、それに伴って文化や思想、哲学が変化してきました。次はプラズマがそれらを変えるかもしれない。人類や生物の根幹を揺さぶるほどの可能性を秘めているのです」
一方で
「なぜがん細胞が死ぬのか、なぜ選択性があるのか、未だ解明されておらず、理論として確立されていない。それでも絶えず新しい現象が発見され、最先端技術にフィードバックされている。ここまでダイナミックな学問分野はプラズマ以外にありません。プラズマは究極のエネルギー状態であり、宇宙の99.9%がプラズマから成る。人も言わば、プラズマから生まれた存在。その人類が、プラズマを道具として使いこなそうと挑んでいるのです」
だからこそ“科学”し体系化したい。堀教授がプラズマの虜になる理由は、そこにある。

cLPSのポリシー

“独自の装置だけが、新たな反応を生み出せる”

cLPSの前身である名大のプラズマ研究所やプラズマナノ工学研究センターの時代から、堀教授は3つのポリシーの下、世界随一の研究環境を構築してきた。
第一は、“装置はオリジナルで開発する”。
「企業に勤めていた頃、上司に“オリジナルの装置からしか、新しい物理反応は生まれない”ことを叩き込まれました」
以来、自身で装置開発を行ってきた。現在cLPS には、30を超えるオリジナルのプラズマ源をはじめ、半導体デバイスの成膜過程をリアルタイムで解析できる原子層堆積・エッチング装置や、Si基板上にカーボンナノウォール(3次元ナノグラフェン構造)を作成できるラジカル注入型プラズマCVD装置、また装置自身が反応を自己判断・自己制御・自己修復できる自律型プラズマ製造装置など、多数の独自装置が並ぶ。
第二は、“装置には、反応のその場観察や、リアルタイムでの計測ができる機能を搭載する”。これもやはり企業時代、何度も壁に直面しては、「プラズマ中の原子・分子さえ見えれば」と痛感した経験から来ている。
そして第三は、これが最も重要であるが、“研究で得た知見を集約して体系化し、プラズマを科学する”。ただし、理学的な原理の探求をめざすわけではない。研究者が興奮するようなデータが続々と出るプラズマを、自在に操れるようにしたい。そのために、“なぜか?”を解明する必要がある。

「つねに社会とキャッチボールをすることが重要。研究成果は世の中の役に立ってこそ意味がある。私自身、そのために研究に取り組んでいます」
cLPSの名称にもある“科学”の2文字には、堀教授の工学者としての思いが込められている。

共同研究施設としてのcLPS

どんな研究アイデアも
具現化できる環境

上で紹介したポリシーに加え、cLPSにはもう一つ大きな特色がある。それは独自の施設形態。ワンフロアぶち抜きで間に壁を設けず、戦略的かつシステマティックに装置を配置した、“プラズマ科学プラットフォーム”を形成している。異分野の研究者同士、その場で情報の共有や活発な議論をしながら、知識の融合を図ることが可能だ。

共同利用や共同研究を行う大学・企業にとって、この環境は大きなメリットがある。どこでも買えない装置を利用し、高い解析技術を持ったスタッフの協力を得ながら、試行錯誤の手探りではなく、現象を計測し根拠に基づいてゴールに近づくことができる。そして、分野を超えて自在に交流し、新しい発想を得ながら研究を進められる。
企業なら、最先端のモノづくりを商品化へと大きく前進させられるだろう。大学の研究者なら、アイデアがあっても環境がないせいで試せなかった独創的な研究も実行に移せる。学生なら、知識だけでなく工学者としての考え方の面でも、大きな刺激と学びを得られるはずだ。

cLPSの未来像

世界中の研究者と知見をここに

現在cLPSでは、国内の大学や企業とのネットワーク化に向けた動きが始まっている。名大が国内の低温プラズマ研究の“司令塔”となり、各大学の研究者が24時間365日、自分の研究室にいながらcLPSの装置を遠隔操作して実験できる――そんな環境を構築しようとしている。プラズマ照射したサンプルを“実験環境ごと”そのままカプセルに入れて送れば、cLPSで評価を行う体制も整える。そしてあらゆるデータをcLPSに集約し、どこからでもアクセス可能に。当然ながらその先には、海外の大学とのネットワーク化も視野に入れている。
「“低温プラズマサイエンスシステム”とも言うべきアプローチで、各大学や企業が保有する知見をcLPSに集約できれば、一つの理論の確立が可能となり、あらゆる産業や医療の進化が加速します」
AIも活用する。膨大な数の論文を一つ残らず読み込んで重要なデータを探し出すという、人なら何年かかるかわからない作業も、AIは得意中の得意。逆に既存の論文から“こんなデータが不足している”と明らかにできれば、そのデータが得られる研究に資源を集中させられる。AIは、理論の体系化=プラズマ科学の確立のための、強力な研究サポートスタッフというわけだ。
「未来を開発できるのは、確固たるフィロソフィと新しいコンセプトの下につくられた組織。低温プラズマ科学において、そのような存在は我々だけだと確信しています」
低温プラズマに携わるあらゆる研究者にとって、堀教授率いるcLPSは、ますます目が離せない存在になろうとしている。

PROFILE

センター長 堀 勝

センター長 堀 勝

1958年、岐阜市生まれ。
1981年3月、早稲田大学理工学部電子通信学科卒業。
博士課程後期進学時に、以前から関心のあったプラズマ研究への転向を決意し、「やるならプラズマ研究のメッカともいわれる名古屋大学で」と名古屋大学大学院へ。1986年に大学院を修了(工学博士)、 (株)東芝総合研究所の超LSI研究所に勤務した後、名古屋大学助手、英国ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所客員研究員等を経て、2004年より名古屋大学工学部教授。
またプラズマナノ工学研究センター長等を経て、2019年4月の低温プラズマ科学研究センター設立に伴いセンター長に就任。
第1回プラズマエレクトロニクス賞(2004年)、平成22年度文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)(2010)、第9回内閣府産学連携功労者賞(科学技術政策担当大臣賞)(2011)、プラズマ材料科学賞(2012)、Plasma Medicine Award (2018) やKT-Rie Award (2019)など受賞歴は多数。
趣味は、スキーとガーデニング。

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